2008年4月29日 (火)

斎藤一人さんの本

 今年になって図書館で偶然見つけた面白そうな本の中に斎藤一人さんの本があります。知っている人は知っていて知らない人は知らないと思いますが、斎藤一人さんは、銀座まる漢の社長さんで、高額納税者10位以内に10年以上い続けた人です。銀座まる漢は、確かTVCMでスリムドカンという、お腹がしゃべるダイエット食品の面白いCMを流していたと思います。

 年初めの頃、最初新書版の「ツイてる」という本を読みました。

ツイてる! Book ツイてる!

著者:斎藤 一人
販売元:角川書店
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 詳しい内容は割愛しますが、言葉の威力、言霊(ことだま)の力でマイナス思考をプラス思考に変えて、人生をハッピーにといったことが書かれていました。この本を読んで、意外だったのは外見にも気を使う必要が書かれていたことでした。多くの本が内面のことのみ語っているものが多いのですが、外見のことも書かれていて、この本は現実的かも、と思いました。

 その後何冊か借りたのですが、今、借りているのが斎藤さんのお弟子さんの舛岡はなえさんの書いた「15分間ハッピーラッキー」というCDつきの本です。

斎藤一人15分間ハッピーラッキー―人生の成功者になる「ものすごくカンタンな道」 Book 斎藤一人15分間ハッピーラッキー―人生の成功者になる「ものすごくカンタンな道」

著者:舛岡 はなえ
販売元:三笠書房
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 成功するには顔のツヤが大事というものです。それに加え、やはり言葉の威力のことが語られていて、「ついている、ありがとう、ゆるします」などポジティブな言葉を使うことを心がけ、否定的な言葉を使わないようにする。そうすることで人を良いほうに向かわせるというものです。

 今までいろいろな人生をテーマにした本を読んできましたが、こんなにシンプルで、分かりやすいものはありません。また信じられなかったらいつでもやめてもいい、そんなスタンスの本なので、気が楽です。

 物事のアプローチには、現実を知り、目標を定め、現実と目標のギャップを努力で埋めるというものが一般的で、科学的とされます。でも、現実を知る際の物事の原因を追究しても、対象が人生の場合、過去は変えられないので、原因追求だけにとらわれると、問題が残ったままになったりします。そんなとき、深く原因を追求するより、こんなに簡単にハッピーになれるという方法があれば、それはそれもいいではないか、そう思わせる本です。

 この「15分・・・」についているCDには斎藤一人さんの講演の音声と、リスナーに向けたお話が入っていて、その中には「因果」などについて独特の考えも紹介されています。その内容は簡単には賛同はできないかもしれませんが、解決できない過去をどう扱うかのひとつの考えであるかもしれません。

 私の説明が抽象的で何のことをいっているか理解できないかもしれません。誰でも生きる指針とか、より幸せに、といったことを求めていると思うのですが、純粋に「聞く人、読む人に幸せを!」との思い表現活動をされている斎藤さん、おまけに事業で成功されている方なので、ちょっと耳を傾けても損ではないな、そんなつもりで紹介させて頂きました。

 ではでは。

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2008年1月10日 (木)

松本清張「神々の乱心」を読んで

 松本清張の最後の小説がこの「神々の乱心」でした。最後といっても小説を描き終える前に肝臓がんで亡くなられたので、小説は完結しておりません。

神々の乱心〈上〉 (文春文庫) Book 神々の乱心〈上〉 (文春文庫)

著者:松本 清張
販売元:文藝春秋
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神々の乱心〈下〉 (文春文庫) Book 神々の乱心〈下〉 (文春文庫)

著者:松本 清張
販売元:文藝春秋
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話は、アマゾンの要約を載せると「宮中に何事か画策する謎の新興宗教。昭和8年。東京近郊。梅広町の「月辰会研究所」から出てきたところを尋問された若い女官が自殺した。自責の念と不審から「月辰会研究所」をマークする特高課第一係長・吉屋謙介。やがて渡良瀬遊水池から、2つの死体が…。巨匠松本清張が渾身の力を揮った絶筆1700枚。
」とあります。

話はフィクションの小説ですが、ところどころ実際の歴史上の登場人物も現れ、実話のような印象を受けます。どうも、昭和の初期に宮中の人たち、軍の上層部に入り込んだ新興宗教があったのは事実だそうで、五味川純平の「人間の条件」描かれていた時代に興味を持っている人には引き込まれる内容です。

ただ、他の松本清張作品に比べ、話があっちにとびこっちにとび、また何度も同じ話を復習してくれたり、何より地名人名が多いのと、当時の新聞などの引用が多く難しい漢字が連続して現れるので、正直、読み終えるのに努力が必要でした。

ただ、「昭和史発掘」などで戦前戦後の日本がどろどろしていた時代を綿密に取材し描き続けた著者が、おそらくこれが最後の作であろうと思いながら執筆を続けたと言う観点から見れば、話が資料的、解説的になった部分はしょうがないと思う。

日本が満州に手を出し、一般民衆も満州に向かいそこで生活をはじめた。その中で一部の人たちは大陸の宗教にも触れ、あらたな宗教を作った人たちがいた。戦争前の不安定な時期の日本人たちに、その新たな宗教が広がったりした。

この本が書かれたのが1990年代はじめ。1995年がオーム真理教のサリン事件があった年なので、やはり松本清張は、現代の若者たちが新興宗教にはまってゆく様子を見て、時代に対する警鐘を鳴らしたかったのではないかとも思われます。

濃厚な小説で結末がない点では、小説としてはなかなか手に取れないものかもしれませんが、今でも人気のある松本清張の絶筆だ、と思って読めばやはり、引き込まれるものであると思います。晩年までこのような小説を掛けたのはすごいと思いました。

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2007年12月 3日 (月)

松本清張「黒い画集Ⅰ」を読んで

 先日、松本清張の「点と線」のドラマが放映され、23%前後の高視聴率だったそうです。私も、思わずひきつけられ、松本清張の他の小説も読んでみたいと思い、数日前「黒い画集 Ⅰ」という短編小説集を借りてきました。

 

黒い画集 全三集 Book 黒い画集 全三集

著者:松本 清張
販売元:光文社
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私が借りた本は中央公論社の本で、文字もそこそこ大きく読みやすいです。

全部で5話書かれているのですが、4話まで読みました。どれも、発表されたのは1958年から1959年の週刊朝日です。

含まれる5話は「遭難」「証言」「坂道の家」「失踪」「紐」というタイトルですが、どれも殺人事件がらみで、犯人の謎解きがあります。松本清張の作だけあって、社会派で、実際の社会状況から生まれた一般の普通の人が犯罪に巻き込まれ、加害者や被害者になってゆくようすが描かれています。

今、テレビのニュースを見れば不可解な殺人事件が多く報じられており、まるで松本清張の世界を地でいっているようである意味恐ろしい。私自身、あまりおどろおどろしい事件が多く報道されているときは、チャンネルを替え、よりいい気分になれるニュースやドラマに切り替えます。やはり、人の意識の奥の無意識に、あまり悲惨な事件を多く取り込むと、いやなものを寄せ付けそうで意識して遠ざけます。

実は松本清張のこの「黒い画集Ⅰ」を読んでも、何かザワザワとする嫌な気持ちを時々感じました。なんでわざわざそんな嫌な気持ちが起きそうな殺人事件を扱った小説を読み始めたのか、自分自身にそんな疑問も起きましたが、人にはやはり怖いもの見たさの好奇心や、人をひきつけるものは何か見極めてやろうという冒険心もあります。最初は松本清張の全集を全部読んでみようか、と思う気持ちもあったのですが、さすがに今は1冊読んだら、明るい気持ちに慣れそうなものに切り替えようと思っています。

ただ、この本を読んで良かったと思うこともあります。ずっと真面目で倹約してきた人がある日、夜の世界に魅力を感じてどんどん落ちてゆく姿。相手の素性を十分確認しないで、不動産などの取引をし、だまされて犯罪被害者になってしまう姿。不倫などで人を裏切った人が、最後に思わぬ人から仕返しを受ける姿。こういった人と人との愛憎や人間関係のトラブルは時代が変わっても変わらずにあるということを気付かされます。ある意味、こういった松本清張の社会派推理小説を読み、自分の行動の中で、していいこといけないことの限界などをしっかり学ぶことも意味があると思いました。

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2007年3月15日 (木)

「思い」が人生を作る

自分の場合、身の回りに人生とは、世の中とはなど語ってくれる人がいなかったので、成人になってから、生き方の指針となるような本を探してきた。

最初に、大きく影響を受けたのがウェイン・ダイアー博士の本だった。「自分の人生に奇跡を起こす」「自分のための人生」などを読み、いくつかの悪習をやめたし、それまでより視野の広い考え方をできるようになった。

次に影響を受けたのは新約聖書。愛情や思いやりに基づく考えや行いの大切さを知った。迫害にもめげず教えを広げようとした信徒たちの生き方から、たとえ感謝されなくても人のために何かすることの覚悟みたいなものを得ることができた。

Uターンして札幌に戻ってからは、デール・カーネギーの「How to Stop Worrying and Start Living」と「How to Win Friends and Influence People」の2冊の本がとても役に立った。心配とか恐れのようなものの処理の方法、そして前向きな考え方をする方法など具体的な例がたくさんあってためになった。英文も難しくないので英語の勉強にもなる。

さて、今回タイトルにある『「思い」が人生を作る』という本を読んだ。著者はシャクリー財団という健康食品の会社を作ったお医者さんだ。

「思い」が人生をつくる―ソートマンシップ入門 Book 「思い」が人生をつくる―ソートマンシップ入門

著者:フォレスト・C. シャクリー
販売元:春秋社
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今までにも、潜在意識に自分の希望や願望を植えつければ、そのことを実現できる、といった本はあった。自分も何冊か読んだことがある。

この本が違うのは、理念やアイディアだけでなくデールカーネギーの本のように、著者が相談窓口となり何千という人に適応した実例つきの考え方である点だ。

それだけに、前半は理論的な話が多いが、後半は具体的に何をすれば、自分の思いを実現できるようになるかの方法、なすべきことが書かれている。

著者の心にはキリスト教の愛の精神があり、それが彼の方法論にも反映されているので、自分の幸せだけでなく、周りの人のことも幸せにできる点が素晴らしいと思う。

この本自体の原著は1951年に出版された本だが、日本語訳が出たのは2002年だったそうだ。著者も亡くなられ、家族も亡くなられ、著作権者から許諾を得るため苦労したそうだ。幾多の困難を越えられたのは、訳者が原著を読んだ感動と、なんとか日本の人にこの考えを知らせたいという熱意が本物だったからだようだ。

3日かけてパソコンのエクセルにメモを取りながら読んだが、いくつも心に響くメッセージがあった。共感できる部分が非常に多いので、自分もこの考えに則って今後生き方の方針を再構築したいと思っている。

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2007年3月 5日 (月)

勝海舟の大きさ

なんとなく、自分の気力が落ちてきたら、いくつか尊敬できる人の本を読んで、方向性を見つけるようにしています。

今日は、その中でもNo1の人物、勝海舟について一言。私が主に読むのは勝海舟の自伝である「氷川清話」です。

氷川清話 Book 氷川清話

著者:勝 海舟
販売元:講談社
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勝海舟と言う名前を聞いて何を思い浮かべるでしょうか?坂本竜馬や薩長、新撰組などの華々しい、メンバーに比べ少し地味ですが、行ったことは日本の歴史の中で、異色中の異色の開明的な人だったと思います。

1.福沢諭吉も乗り込んでアメリカまで太平洋を渡っていった咸臨丸の艦長。

2.幕末の鳥羽伏見の戦い以降、官軍が江戸城に向けて進軍したとき、薩摩の西郷隆盛と談判を行い、江戸城の無血開城に成功した。

3.自分を暗殺しに来た、当時尊皇攘夷の一介の志士だった坂本竜馬に、「日本」というものを意識させ、以降、反幕府側であったが有能な人が多かった西南雄藩の若者に航海術などを教えた人。日本海軍の創始者。

自分はその中でも、2の江戸無血開城の功績が非常に大きかったと思います。大政奉還後、首都は京都にあった。江戸は、江戸幕府がなくなり街は荒れそうになった。当時江戸は150万人くらいの大都市。大阪のように商業が発達しているのではなく、幕府があったので成り立っていた街。

まず、当時の官軍の代表大久保利通に頼んで、幕府との出入りで生計を立てていた人たちが困るからといって首都を江戸に戻すようにしてもらった。

その上、勝海舟は、街が荒れるのを防ぐために、あらかじめやくざの親分衆を調べ、直々に出かけ、若い衆に乱暴なことはさせないように頼みに行った。ただ、実際今までのように収入も入らないだろうからということで、帰りにいくばくかのお金を置いて行ったりした。

落ちぶれた武士が古道具屋を始めたといえば、ぷらっと訪ねていって、何か一ニ品言い値で買ってあげたりしたそうだ。ただ単にお金を上げるだけでは、その人のためにならない。商売の面白さを知り、積極性が出るように工夫して援助したそうだ。

当時の徳川慶喜を含め幕府の旗本たちは静岡に移動させられたが、かれらが生活できるように、さまざまな手配を行ったのも勝海舟だった。

考えれば、生まれはひどい貧乏の下っ端役人の家に生まれた人が、最後には幕府の全権を預かり、維新を軟着陸させる人物になったのだからすごい。情報化も進んでいないし、いろいろ活動する資産があったわけでもない。

しかし、江戸時代には有能な人を支援し、引き立てる人たちがいたのがわかったのもこの本を読んで知らされた。有能の人を引っ張りだし、起用する時代になれば、それなりに有用な人物があらわれるのだな、と感心した。

それにしても勝海舟は、日本史の中で異色中の異色人物だと思う。

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2006年11月27日 (月)

「知っておきたい 漢字の知識」を読む

京大の阿辻哲次さんの2005年の本「知っておきたい 漢字の知識」を読んでいる。

知っておきたい漢字の知識 Book 知っておきたい漢字の知識

著者:阿辻 哲次
販売元:柳原出版
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私が漢字の本を読んでいて一番知りたいのは、いま漢字を使っている国でどのような漢字を使っているか、その実態を知りたいと思っている。もしお金がたっぷりあれば北京、香港、上海、韓国、台湾、ベトナムなど漢字と関係のあった都市や国をまわって調べたいところだが、前提条件がなかなかかないそうもないので、最近の本を読んで知識を得ようと思っているのだ。この本には、その一つの答えが載っていて少しエキサイトした。

以前に読んだ「漢字と日本人」岩波新書で、笹原宏之さんは、日本で旧字体の漢字が若い人の間やお店の名前の表示などで使われ始めていることが述べられていた。「漢字と日本人」文春新書では作者の高島俊男さんは、当用漢字で略された漢字にはいくつも問題となる略し方を指摘されている。漢字は、現代と過去をつなぐ鍵となるものなので旧字体を大切にしようといった趣旨が書かれていた。しかし、そう言いながらも高島さんが普段、漢字を書くとき、例えば漢字の「漢」は「」と中国の簡体字を書いていると書いていた。

私自身、日本においてこれから10年ないし20年の未来を考えれば、日本の漢字、旧字体、簡体字がこれからどんどん使われる機会が増えると考えている。インターネットやパソコンの普及で、漢字の使われ方に異変が生じると思っている。

この状況が、はたして中国や台湾、韓国でも起こりえるか、もしくはその兆候があるかどうか知りたいと思っていた。

この「知っておきたい 漢字の知識」で、P126に「繁体字の復活」という章がある。台湾と中国が関係改善されていったことで、台湾の人々が多く中国へ行くようになったそうだ。そこで、台湾の人々が「大陸の簡体字は読めない」と随分、声が上がったそうだ。それで、経済発展を官民で進めている中国で、繁体字がさまざまな場面で使われるようになったそうだ。合弁事業の契約書や観光ポイントの案内板など。

その延長で、繁体字は中国の高級ブティックや高級レストランで用いられ、一方簡体字は庶民の利用するお店で使用されるといった、一種のブランドと結びついた文字になっているそうだ。

情報化というキーワードで繁体字が復活したわけではないが、いわゆるグローバル経済の進む中で、繁体字がブームのように使われるようになっているとのことだ。

中国では、名目上は簡体字は国が使用義務を定めたものである。香港などの一部を除き、書や古典など特殊な分野以外は、出版物なども政府に提出する書類もすべて簡体字を用いなくてはならないはずだ。

しかし、経済や民衆の間では繁体字が使われ始めているという。果たして日本の漢字が使われているかどうかわからないが、少なくとも日本の漢字のベースとなった繁体字が復活して使用されるようになった事情は興味深い。

更に、韓国でも公文書はハングルだが、新聞や雑誌、街角でに漢字をよく見かけるようになったという。私自身も、韓国で漢字教育をもう一度見直そうという動きがあり、漢字本が売れているというニュースを見たことがある。

いよいよ面白くなってきた東アジアの漢字の状況。日本、中国、台湾、韓国でこれからの漢字の使い方、教育のありかたを話し合う必要があると思う。

自分としては、東アジアの人々の間の漢字を含むコミュニケーション補助ツールとなるソフトを考えてゆきたいと思った。

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2006年11月25日 (土)

「中華思想の呪縛」を読む

まだ、読了していないのだが台湾生まれの作家 拓殖大学客員教授の黄文雄氏の本「漢字文明にひそむ 中華思想の呪縛」を読んでいる。

漢字文明にひそむ中華思想の呪縛 Book 漢字文明にひそむ中華思想の呪縛

著者:納村 公子,黄 文雄
販売元:集英社
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この黄文雄さん、以前にテレビ朝日の朝まで生テレビで討論していたのを覚えている。どんな内容の発言をしていたか覚えていないが、この本は面白い。

まず、何が面白かったかというと現在の台湾の言語の状況を説明してくれているのが興味深かった。自分もひと時、台湾語に興味を持ち、台湾語のテキストを購入したり、図書館で借りてきたりしたのだが、会話集や古い入門書はあっても、人々が現在実際にどんな言葉を話しているか本音で書いた本は見たことがなかった。

この本では、日本の統治時代、それ以前の言葉、マレーポリネシアの人々の言葉、中国国民党が入ってきてから、そしてその後大陸のいろいろな地域から難民が押し寄せて来てからの状況、など教えてくれる。意外だったのは、台湾で北京語が学校で教えられているが、家に帰ると自分たちのマザーランゲージ(福建省系統の母国語)に切り替えるので根付いていないという事実である。

この本の趣旨は、漢字の文明に気をつけろ、という警鐘を鳴らすことにあるので、漢字や中国語(漢語)に対する批判が多いのは事実である。

確かに、日本の歴史を見ても、漢字をまじめに取り組めば取り組むほど、儒教や中華思想に行き着きやすくなるのも事実だ。著者は歴史的に、国際的に漢字がどんな工夫を経て受け入れられたり、または拒絶されたりしてきたかを説明してくれる。

基本的には表音文字であるアルファベットや日本語のかなの優位を説いているが、けして非科学的に一面だけを見て反漢字を言っているわけではない。日本語の中の漢字かな混じり文が漢字だけの文章より、いかに速読可能で音なども表現できる点で優れているかも述べている。

2001年に出版された本だけに、メールやインターネットのことにも触れている。日本と、中国と台湾で、もともと同じ字だった漢字でも、各国の略字採用でそれぞれ違う字になってしまったことや(台湾は繁体字なので略字ではないが)、日本と中国では同じ字の漢字熟語でも意味は全然違うものが多いことなどにも触れ、漢字が国際語ならず、東アジアの共通のコミュニケーション言語になる可能性も低いと述べている。

私自身、中国語の文法に詳しくないので、中国語自体の問題は分からないが、漢字の東アジアにおけるコミュニケーションの重要な鍵を握る可能性はあると思う。互いの違いを項目書きすればあたかも使えない手段のように思えるが、日本の漢字と台湾の漢字、中国の漢字、ほとんど同じ漢字の如何に多いことか。例えば、今日の中国語版(簡体字)人民日報のネット版をアクセスすれば、辞書を引かずとも中国で国家公務員試験が行われたのだな、ということが分かってしまう。おなじローマ字系の言語を用いるドイツ人がフランス語の新聞を見ても、フランス語を習っていない限り意味は分からないのに比べると大いに共通の地盤があることをありがたく思ったほうがいいと思う。

そこで、まず第一に重要になるのが、やはり日本の漢字、繁体字、簡体字の対応関係を各国の人が理解することと、各国でしか通用しない国字を把握することだと思う。

長くなりそうなのでこの辺で終了するが、この「中華思想の呪縛」は装丁はちょっとおどろおどろしいが、中には写真や図がいっぱいで、著者もそんなに感情的にはなっていないので、興味深く読める本だ。

もうひとつ、著者は台湾で漢文(四書五経)を随分暗記させられたそうだ。その著者が、中国語の漢文をそのまま読むより、日本でやったようにレ点など用いた読み下し文のほうが良いと言っている点意外だった。よいと言うのは文法や言葉の配列にのっとり、ロジックで内容を理解している点だそうだ。

中国語の漢字だけの文章だと、中国人でも行く通りにも読める(意味をとれる)そうだ。やっぱりそうなのか、と思って安心した。漢字は一文字で動詞にも名詞にも形容詞にもなりえるので、漢文は分かち書きされていなければ意味は正確に把握しにくいと思っていた。

日本の先人もなかなかやるものだな、と改めて感心してしまった。

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2006年11月22日 (水)

「漢字と日本人」を読む

今日は、夕方から雪が降った。はじめて積もるくらいの雪だった。

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雪が降ったら晴耕雨読ならね晴耕雪読で、引き続き漢字に関する本を読んだ。書名は「漢字と日本人」 高島俊男著 文春新書だ。この本の著者は東京大学で中国語学、中国文学を専攻された方で、今は、作家の方と呼ぶのがいいのであろうか。

漢字と日本人 Book 漢字と日本人

著者:高島 俊男
販売元:文藝春秋
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さて、内容だが私たちが子供の頃から覚えてきた当用漢字に疑問を抱かせる内容から始まる。私は昭和36年の生まれだから1984年に定められた常用漢字はまだない。小学校、中学校は当時定められてた当用漢字を基本に漢字を教わった。漢字は正確でなければならないから、ここは突き抜けるとか、これは何画だとか。試験もされて間違ったらとんでもないことのように思わされた。

ところが、その当用漢字字体に問題を多く含んでいるという。昨日読んだ「日本の漢字」では国字に関するいろいろなことを知らされた。今日の本では筆記体から正字として採用された「当用漢字」には、正しくない字があるという。

例えば仮定の「仮」の字が正しくないという。本来は「假」の字が正しい。辞書をひくと確かに中国の簡体字も台湾の繁体字もこの「假」の字だ。著者は「板」「坂」「版」などのパン、ハンと発音する文字と同じ旁(つくり)を採用したのでおかしいという。本来は「暇」「瑕」などの「カ」の音と同じ系列なのにという。

確かに、中国では漢字を作る場合六書という理論があり、そのひとつの「形声」で同じ音をあらわすため偏(へん)や旁(つくり)を同じにすることがあるが、その理論からずれているという。

言われてみればそうだ、と思う。

しかし漢字の本家の現代中国では、戦後定められた簡化字(簡体字の正式に採用された文字)では、一部の文字はもう六書の理論は無視して簡略化をしている。だから、もう正字といわれている康熙字典体からは、中国でさえ、書きやすく覚えやすいように漢字をいじっているので、当用漢字の略し方も悪くないのでは、という考えもある。

そんな目で日本、中国、台湾の漢字を眺めると何が正解、正しいか微妙に思えてくる。将棋の飛車角の「角」は、日本の漢字も台湾の繁体字も角の真ん中の縦棒は突き抜けない。しかし、中国の簡体字では突き抜ける。

急行の「急」という字は日本の漢字と簡体字は上半分の真ん中の横棒は右に突き抜けないが、台湾の繁体字は「」と突き抜ける。ちなみに韓国の漢字も突き抜ける。

こうなると、著者も述べているが、筆記ではどんな略字や簡体字を用いてもいいが、漢字圏の人間はやはり正字が何かを知っておく必要があるように思う。でないと、何が正しいか分からなくなり、偏狭なナショナリズムともつながりかねない。

ただ、かといって小学校や中学校で授業で教え込む必要はないと思う。一般的に正字とされる繁体字は字画が多すぎて、これらを正確に覚えこもうとすると、まさに中国が簡体字を作った根拠となる文明の進歩に取り残される可能性もある。だから、使うときに制限をかけないことがいいと思う。

私たちは、パソコン、インターネット、メールを使う中で漢字は欠かすことの出来ない文字となっている。その文字の使用に際し、一字だけが正しいという呪縛から脱してはどうであろうか。伝統的な正字はこれで、これは中国の簡体字、これは日本の国字、普段書くときはどれを使ってもいい。ただ、正字にはそれなりの作られた根拠があるので、もし覚えられたら覚えたらよい。

むしろ正字の使用を奨励し、繁体字のもつイメージをデザインや歌詞などに使いたい場合は大いに使い、その文字を使った理由も明らかに明示する。そうすれば、学校教育で習わなくても、次第に習得できる正字の数は増えると思う。

明治維新以降日本人は漢字をなくし、欧米と同じように音を表す文字にしようという動きがあった。だが、それ以前、ないしは今でもそうであるが漢字崇拝として漢字をより多く使うのが優れているという風潮もある。そういったことも著者は論じている。

自分は、コミュニケーション手段としての漢字をもっとどうあるべきか、教育現場での漢字教育のありかたなど、今後検討されるべきだと思う。漢字検定などでわが国の漢字だけを正しいものとし、習得させるのではなく、各国の漢字の様相、正字について、日本の漢字と正字の関係などについて、一つ一つの漢字について教える必要はないが、少なくとも概要を教えるべきだと思う。その上で、Unicodeに載っている漢字をどのように使うかは、人々に任せる。そんなスタンスでいいのではないか。

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2006年11月21日 (火)

「日本の漢字」を読む

岩波新書 赤本 「日本の漢字」笹原宏之著 を読む。

日本の漢字 Book 日本の漢字

著者:笹原 宏之
販売元:岩波書店
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この本を読もうと思ったのは、日本の当用漢字や常用漢字の前はどんな漢字を主に使っていたか知りたかったので、その答えがあるかと思ったからだ。戦後、日本の漢字は簡略化されたといわれている。そして簡略化する前の漢字は旧字体と呼ばれている。ではこの旧字体が、いま台湾や香港で用いられている漢字と同じものなのかどうか。その辺を知りたかった。

結論から言うと、旧字体に関しては、漢字を使用する国々が、1716年中国が清の時代に康熙帝が作らせた字書「康煕字典」に載っている字を正字として来た関係から共通の文字は多い。しかし、一旦漢字を、他の国が受け入れてからは、その国の言葉で使いやすいように俗字や国字が作られ変化してきた字も多いということである。

日本で作られた漢字は「働」、「畑」、「込」、「麿」、「辻」、「国」、「広」、「円」、「峠」、「扱」、「堀」などがあり、これらの大部分は特に日本語について知識のある中国や韓国、台湾の人でないと分からないそうである。(ただし「国」は、中国でも後から日本と同じ簡化字にしたので同じ字を使うが)

もし、漢字を東アジアのコミュニケーションのための手段として用いることを考えるなら、われわれ日本人は少なくともどの漢字が、日本で生まれた漢字であることを知らねばならないと思った。けして、これらの漢字を使うなというのではなく、使う場合は説明が必要な場合があることを認識しておく必要があるということだ。

これは日本に限った話ではなく、中国人が簡体字など近世、近代、現代に作った文字をコミュニケーションで使用する場合も、日本人や台湾人、韓国人などに対して説明を要するかも知れないことを認識しておかなくてはならないことを意味する。

この「日本の漢字」では、作者が1964年生まれの若手の早稲田大学の助教授ということもあり、現代日本の漢字の使用に関しても記述があり面白かった。というのも、基本的には「筆記の経済の法則」というものがあり、筆画が多かったり難しい字はより書きやすくするような簡略化が行われるというのが普通であるが、一方で、文字の自体のかもし出すイメージからあえてそうでない文字を使う例も示されている。

倖田來未という歌手の「來」は「来」の旧字体だし、氣志團というグループの「氣」も「團」も旧字体、椎名林檎の歌詞には多くの旧字体の文字が用いられている、ということが述べられている。そういえば今話題の「近未來通信」の社名にも「來」が使われている。

もし、世の中が紙と鉛筆のアナログの世界が続いていたらきっとこんなことはなかったろうと思う。パソコンで漢字変換や文字コード入力でいろんな漢字、や外国のアルファベットを容易に画面に出せたり、メールで送れたりする時代になったので、各個人の個性を表現する手段として、画数の多い旧字体も見直されるようになったのだろう。確かに、2チャンネルや掲示板の書き込みを見ていると、普通に旧字体やギリシア文字やキリル文字が使われていてはっとする。ただし、外国語の文字は、その文字の持つ発音とは関係なく字形の面白さから利用している場合が多いが。

この本を読むまで、中国語の簡体字は筆画が少ないので、この本で「筆記経済の法則」が昔からあると述べているように、おそらく日本の学生やサラリーマンにも、公式でない文書を書く場合にかなり利用されるようになるだろうと思っていた。いわゆる繁体字の方向に行く可能性はないと思っていた。しかし、自己表現とか文字の持つイメージを生かすといった目的がある場合、繁体字は結構個性のある文字が多いので、情報化時代ますます利用される機会が増えるかもしれないと思うようになった。

日本人は、宗教行事の取り込みと同様に、漢字、横文字、なんでも取り込むのに躊躇しない国民だと思う。10年前はハングルを見かけることはほとんどなかったが、今は繁華街に行くとハングルの看板のお店がいくつもある。後、20年後くらいには簡体字、繁体字の看板やグループ名の歌手が何人も現れることは間違いないだろう。

そのためにもこれから作る漢字ソフトは①日本の国字がどうか判断できる機能 ②簡体字、繁体字が楽に使える機能(例:ピンインや注音符号からだけでなく別の方法でも入力できるような)、が必要だろうと思った。

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