講談社現代新書「漢字の字源」阿辻哲次著を読んだ。今まで漢字に関するいくつかの本を読んだが、中でも読んでいて一番驚きの連続だった本だった。
もう数年前から中国語の入力ソフトを作ろうとしていくつかプロトタイプも作ってきた。だが、なかなか満足行くものがなかなかできない。その理由の一つに以前ほど中国語への興味が薄れていることがある。興味が薄れているのに、なぜ作ろうとするのか?という疑問があるかもしれない。
中国語への興味は確かに薄れているのだが、漢字に対する興味はずっと持ち続けている。簡体字や繁体字、日本の漢字の違いも面白い。漢字自体の成り立ちも興味深い。ただ、今は中国の人を見つけて何かコミュニケーションをとりたいとは思っていない。以前はそうではなかったが、やはり近年の中華人民共和国の日本に対する政治、経済的な態度を見ていると、高感度指数は急低下だ。
そのようなわけで、しばらくは中国語を扱うのではなく漢字を扱うことに焦点をおいて何か面白いソフトウエアが作れないか検討し始めた。
そのような理由で今回は「漢字の字源」を読んでみた。
(「漢字の字源」と、旺文社の漢和辞典の「豊」の項目)
漢字は殷の時代の甲骨文字、ほぼ同時代の青銅器に刻まれた金文などにその原型のルーツがある。そして後漢(AD100頃)の許慎が「説文解字」という本で9300字にわたる文字の起源を説明した本を書き、この本がそれ以降の漢字研究の基礎となったそうである。
さて、面白いのが個々の漢字の成り立ちの説明だ。
1.豆
ご存知「まめ」だが、どうみても食べる豆の象形文字には見えない。そう思っていたらこの文字は、豆(トウ)という空飛ぶ円盤に一本足の付いたような器があり、その象形文字だという。そしてその豆(トウ)の写真も載っている。
つまり、昔は植物の豆(まめ)に相当する漢字がなかったが、この豆(トウ)と植物の豆は同じ音で発音されていたので、豆(まめ)を表記するのにこの豆の字を用いたそうである。これを、先の説文解字では仮借(かしゃ)という漢字の作り方、使われ方の方法と呼ぶ。
2.豊
1でなぜ豆を取り上げたかというと、私の住んでいるところは豊平という地名なのだが、この豊の下に豆があるので、なぜ豆があるのか不思議だった。この豆が脚付きの器の意味であれば、器に盛られた収穫物で、豊の意味が理解できる。
もともとこの豊という字も、正式には豐で、たわわに実った穂の象形そのものだ。
中国語簡体字ではこの字の一部だけ取り出され、 丰と少々寂しくなったが、現代人がカメラに望遠レンズを付けて作った文字だと思えば、まあ許せるか、という気もする。
3.色
とても驚いたのがこの漢字の成り立ちだ。『ひざまずいた女性の後ろから男性がおおいかぶさったさまをかたどった字で「後背位」というラーゲでの性交を描いた文字である』とある。旺文社の漢和辞典をひくと、そこにも色の字になる前の文字が書かれて、同様の説明が柔らかく書かれている。
今まで、色の字を見れば七色の虹を思い浮かべてきた私はどうしたらいいのか。これから街角で色の字を見つけてドキドキしなければいいのだが。
その他にも「からい」とか「つらい」と読まれる「辛」の字は実は入墨を入れる際の針を形どった象形文字であるなど、驚かされることがいくつもあった。
漢字の成り立ちは、先の許慎の説文解字によれば
1)象形:目に見えるものを絵画的に描く方法、例)人、火
2)指示:抽象的な概念を記号的に表す方法、例)上、下
3)会意:意味を表す要素を組み合わせる方法、 例)骨
4)形声:意味を表す要素と発音を表す要素を組み合わせる方法、 例)清
5)転注: (定説がない)
6)仮借:同音の文字を当て字として使う方法、例)豆、来
の6種類あるそうである。中国の簡体字も基本的にこれらの理論に基づいて字が定められているそうであるから、日本人に多少違和感があっても受け入れていってもいい気がする。「従」という字は、古来は人が二人同じ方向に並んでいる姿で従うの意味なのだそうだが、それが簡体字では从と、昔使われていた字に戻ったらしいので、そう考えるとどっちが本流かわからなくなったりする。
それにしても漢字の起源の話は面白い。
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