2012年1月31日 (火)

関節の違和感、大丈夫かな

昨年の11月くらいにガレージ兼物置を建て替えるにあたり、物置の整理を1ヶ月しました。全てのものを片付け、終わったと思ったその日から右膝に違和感を感じる用になりました。普段は痛んだりせず、正座なども問題ないのですが、膝関節をあぐらのようにひねると痛むので、できなくなりました。ですので右足の靴下をはくのに苦労します。

さて、今年の冬は札幌は積雪より寒さが厳しい。マイナス5度以下の日がかなりあって、一日中マイナスの気温の真冬日がほとんどです。それでも雪は平年並みは降るので、寒い中をスコップ上の雪かき道具やママさんダンプで一回1時間30分、多い時それを日に3回したりしました。

そうしていたところ右の手の中指の関節のところに違和感を感じ始めました。最初は昨年秋にマウスをトラックボールに変えたので、中指の使用時間が増えたので、腱鞘炎の一種かと思いました。その可能性もあるかもしれません。

ただ父親が難病の関節リウマチで苦しんだので、その遺伝ではないか心配しています。父親の場合、足の指のある部分が外側に曲がり、両手もやはりかなり変形しました。フランスのルノアールも写真を見れば分かりますが、かなり重度のリウマチでしょう。

父親は、男らしいと思うのは、「痛い痛い」と弱みを見せなかったことです。ただ、病院通いは死ぬまで続けて、手や足に軟膏系の塗り薬を塗り、飲み薬も欠かしませんでした。

関節リウマチが遺伝するかどうか知りません。ただ、父親の場合、50代には発症した記憶があります。私も昨年秋に50歳になりました。あー50歳になるといろいろ体の不具合も症状となって出てくるのだな、と少し寂しくなりました。

指やひざの違和感がひどくなったら病院に行きたいと思っています。春になって暖かくなれば、そんな症状も消えることも考えられるので、春が待ち遠しいです。

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2012年1月30日 (月)

屋根の雪を何とかしたい その1 雪庇

私の住んでいる家は、2003年に父親が建て替えたものです。屋根はスノーダクト方式で、屋根に積もった雪はそのままにしておき、春に融けた水を、屋根の中にある塩ビ管のダクトで下水に流します。多くの北海道の家でこのスノーダクト方式の屋根になっています。

ただ、このスノーダクト方式の屋根でも、雪を貯める部分が30cmより深いタイプと、フラットに近いタイプがあります。私の家はフラットに近いタイプで、建設会社が立てるとき、このタイプにすれば風で雪が飛ばされるので、家への負担が少ないと言われました。

たしかに雪を貯める部分が深いタイプは、家が年をとると共に、重さが各部に影響を及ぼし、春先押入れに水がもれるようになったなど、苦情を聞くのも事実です。

しかし、フラットタイプはそれなりに問題もあります。それは雪庇の問題です。30cm以上雪が積もると、主に北風と西風の影響で、建物の東側、北側などに雪が庇のように張り出し、やがて巻くようになります。

雪庇はあまりひどくない間は問題ないのですが、70cm80cmと庇の部分が大きくなるとその下を歩くのが不安になります。また春先になり雪が溶け出すと、いつドカッと落ちてくるかもしれません。それゆえ、多くの人が高さ7cm近いところの雪庇を何とかしたくて下からボウなどで突っつき、雪の下敷きになりなくなってしまいます。

屋根の上に1m以上積もった雪は、さすがに登って落とすしかありませんが、この雪庇はなんとか技術とアイディアで簡単に、しかも安全に落とせるのではないでしょうか。

2年前、私が腰を痛めていた時、近所の方が雪庇落とし道具で雪庇を落としてくれたことがありました。この道具は長さ3m近い角材を縦に2本つなげ、先端に木の円板を貼り付けたものです。この長い柄のついた団扇(うちわ)のような道具を雪庇に引っ掛け、下に引っ張ります。長さが長いので屋根の真下でなく、斜め下で作業ができるので、安全性もあります。ただ、長い角材2本をつなげたものなので重い。私のように腰や首の強くないものには向きません。

そこで、私は昨年、伸ばせば7m以上になる磯釣り用の竿と、ホームセンターに売っている太さ5mm程度の長い紐を使って、庇の出ている部分だけ、羊羹を切るように切る道具をつくろうと考えました。新品の長い竿は1万円円以上するので、Yahooのオークションで探していたら、たまに5千円以下でも中古品が出展されることが分かりました、ただ年末平年より早く根雪になったので、道具を作れずに冬を迎えてしまいました。

今、雪庇の大きくなる様子を毎日チェックしています。庇が巻くようになれば何らかの対策をしようと思います。実際、屋根の上に登ってスコップで落としてもいいのですが、手すりもありませんし、不自然な格好で足場を掘って作ったりして登るので、上半身、下半身に負担になります。

もし安全に雪庇の落とせる道具があれば、日本中の雪国で重宝されることでしょう。羊羹カット式はいつか試してみたいと思っていますが、雪が硬くて容易くカットできない可能性もあります。また紐でなく針金を使う手もありますが、屋根のトタンを傷つけたくはありません。

こういう場合は北国の中小企業の出番です。是非、簡易雪庇切り装置の開発、検討してみてください。

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2012年1月29日 (日)

キヤノンプリンター故障に思うこと

3年前くらいにキヤノンのプリンターMP810を買いました。写真を印刷してもきれいだし、文書もにじまない。インクは顔料黒1に黒を含めた染料インク4色で、タンクが独立なので交換がし易い。人の顔を多く写真で印刷した時などマゼンダが先に少なくなるので、少なくなったものを補充すればよい。本当にお気に入りのプリンターでした。

それがあるとき、印刷したものの印刷がかすれ、おかしいなと思っていたら電源が入らなくなりました。そうなると何をやってもうんともすんとも言わない。

最初は修理を考えましたが、修理代は間違いなく1万円以上するようです。

最新のキヤノンのプリンターがMP3130で7千円を切っているので、修理は損になります。

ただ、このMP3130はインクが独立でないので、他の色の残量があっても、ある色がなくなれば交換しなくてはならない。価格コムなどのユーザーの声を見てもインクコストが高いという不満が多い。買い替えも迷います。

さらに、どうもキヤノンのプリンターは多くの人が3年で壊れると嘆いています。私もまさに3年でした。私はパナソニックにいましたが、スキャナーつきプリンターにはスキャナー部の他にSDカードリーダーや液晶表示部、紙送り部、インクジェットのヘッドの部分など幾つかの機能に分かれます。どこか一箇所調子が悪くなると電源が一切入らなくなるのは、これはそういう設計にしているのだと思います。普通は印字がおかしくなったり色がおかしくなったり、症状が出て、それをもとに修理ができます。電源が入らないと、どこが悪いのかも分からないし、買い換えるしかなくなります。キヤノンの陰謀としか思えません。

さて、毎日のようにアマゾンや楽天、NTT-Xなどでプリンターをチェックしますが、ほんの一部が壊れただけで電源が入らなくなるプリンターを目の前にして、買い換えるのが悔しくてたまりません。大型ごみにするのが忍びない。

いつか踏ん切りを付けなくてはなりませんが、できればキヤノンさん、最低8年くらいは持つプリンター出してもらえませんかね。今年の春までなら待ちますので。よろしくお願いししますよ。大型ごみ排出はエコではありません。環境のことも考えて下さいね。

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2012年1月28日 (土)

「朝まで生テレビ」を見て

今回のテレビ朝日の朝まで生テレビは、大阪の橋下市長とそれに反対の数人のメンバーの討論でした。さすがに深夜はみられなかったので録画し今日の夕方から夕食をはさみ、夜にかけて見ました。

橋本さんの主張は、大阪都構想が基本ですが、この国の基本的なシステムがもう現代にマッチングしなくなってきていて、それらを一度リセットする必要があるというのが現在の心境のようです。

私もその考えには同調します。議員歳費や公務員の給料を何パーセント下げればいい、消費増税をすればいいという問題でなく、日本全体が経済成長が鈍化している現在でも、より多くの人が公平に、そして幸せになれる仕組みに全体を変える必要があると思います。

橋本さんが言っておられるとおり、日本の社会システムは明治時代に基本的な方向が定められ、戦後、ほぼ現在の形態になりました。以前は人口は増加し、経済成長は目標を掲げればそれなりに達成できる時代でした。今は、企業は国外を指向しますし、国内は格差社会で中産階級が激減してます。これはアメリカでもヨーロッパでもそうですね。

そうなったときに横並びではなく、地域地域で独自の生きる道を求めていゆく体制、やはりこれが必要ですね。

大きな仕組みを変更すると、現在の仕組みで美味しい蜜を吸っている人たちは、それを食い止めようとしますね。これは戦いであるというのもうなずけます。

さて、反対の人達は何に反対しているかというと、国歌斉唱の際に起立しなかった人への処分とか、教育委員会に競争原理をいれるなとか、まあ、理念だけで語っている人たちですね。私は右寄りではありませんが、先生が自分の思想信条で国歌を歌わなかったり、日の丸を大事にしない場合、先生はそれを子供にどう説明できますか。子供に自分と同じ信条を勧めますか。子供が先生の信条を信じた場合、その子供が今後受ける大きな社会との軋轢を先生は背負えますか。やはり公立高校である範囲は、日の丸と国歌は従うべきだと思いす。

まあ3時間の討論番組全部にコメントは不可能なので止めますが、一点、国政にはいるのはやめておいたほうがいいと思います。なぜなら、国政には国政のテーマがあるので、大阪都構想実現を目標としても、それ以外のテーマに力を分散せざるを得なくなるからです。

その辺は現在の国会議員にシンパを作り、その人達に活躍してもらったほうがいいです。それに大阪都が本当に関西地区の復活の妙手であるとわかれば、マスコミも味方するでしょう。マスコミを味方にし、国会議員の力のある人を味方にして、大阪維新の会は大阪を主戦場として戦って下さい。そしてさっと身を引いて下さい。恐い利権団体に狙われないためにも。応援しています。

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2012年1月27日 (金)

ミヤネさんがバッシングされないのは何故

不思議に思うことがあります。

かなり前、石田純一さんは不倫は文化だと言ったということで芸能界から干された時期がありました。まあ実際は、「文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある」と言ったという話ですので、普通のことを言っただけですが、今ではそれは真実と皆が思いますが、それでも昭和の時代は、人々の根底には不倫は良くない、という価値観がありました。

確かに、甲斐性のある男は女の一人や二人、とか本妻意外の人との愛大に子供がいるなどという話は昭和の時代からもありました。芸能界だとか、大会社から中小企業の社長さんまで実際に実行に写した人たちもいました。確かに表も裏もあるのが人の世です。しかし表の価値観が、おおきな道のど真ん中になくてはならないという規範はどこかにありました。

最近、テレビの司会で関西方面から火がつき紳助さん引退の後、全国区で注目を浴びている人に宮根誠司さんがいます。私より年下ですが、まあ芸能ネタから政治まで幅広く話題をリードできる有能な人だと思います。

その方が、不倫は文化どころか、隠し子がいた、ということが分かり、いっときテレビや新聞でもその情報が広がりました。私はその後、彼に対するバッシングがあるかどうか見ていましたが、さっぱりその方向に話は向かいません。別に宮根さんのことはきらいではありませんが、他の芸能人ならもっとバッシングされていたと思います。

歌舞伎役者や漫才、落語系の芸能人であればそれほどのことはないかもしれませんが、TVの司会やコメンテーターで、人々に法律だけでなく、常識や倫理で厳しいコメントもいわねばならない立場の人です。人々に道のど真ん中はこうあるべきと主張することが仕事なはずです。なのに話はしぼみ、毎日テレビで彼は司会を続けています。私はどこかで別の力が働いていると思わざるを得ません。

紳助さん引退の後、宮根さんも昼過ぎの番組を始めメジャーな番組を降りると、テレビのワイドショーが持たない。もしくは政治的に強いコメントを言える人を失いたくない。そんなテレビ局の上層部、ないしはそれ以上のマスメディアの談合の香りがします。

最近、報道系の番組を見ても、非常に偏ったコメンテーターばかりで、偏ったコメントをしています。中でも多くの政治評論家などゴミにしか思えません。誰とはいいませんが、顔も服も昭和のままの人たちです。彼らは昭和の思考形態と昭和にあった経験で、未来や人の評価を語る頭が古い人ばかりです。人が変わっても変わったことが分からない。

新聞会社の論説委員クラスが後ろで勝手なことをしているのは分かっています。彼らが野田さんに接待されたことも暴露されました。異常なほどの野田擁護を見ればわかります。

しかし、今年は少し今までとは違う年になりそうです。鈴木宗男さんはもう収監されないし、小沢さんの裁判も終わる。検察の悪事が多く暴かれつつある。その中でマスメディアの攻撃も弾(たま)が尽きつつある。

ミヤネさんにバッシングがないのもひょっとしたら「みのもんた」引退後、彼を世論誘導に使いたい一部の人の思惑かもしれないという気がします。ただみのもんたは、前日のお酒の残った頭と顔でいい加減な朝の番組をやっていますが、宮根さんは私がコメントを聞いている範囲では、洗脳はされにくい人に見えます。テレビ局のTOPの思うとおりには行かないですぞ。

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2012年1月26日 (木)

ホームページビルダーは凄い良い

もう何年も前からホームページビルダーを利用しています。最初はIBMの頃です。デジカメソフトとバンドルされていました。

自分のサイトをもっとクオリティの高いものにしたくて昨年からスタイルシートの本やWebデザインの本を買ったりしていたのですが、基本は分かるのですが、企業やプロの作ったサイトにはなかなか近づけません。

さすがにプロのノウハウが事細かに載っている本も見つけられず、今年の春には今自分がレンタルサーバーとして使っているCOOL ONLINEが閉鎖されるので、すこし困っていました。

昨年買ったホームページビルダー15(ジャストシステム版)をもう一度じっくり見て見ました。そしてそこに入っている「フルCSSプロフェッショナルテンプレート」を解析しはじめました。

最初は、ドキュメントが一切無いので、あまり全体構成もわからずチンプンカンプンでしたが、ホームページビルダーにあるCSSエディターで組み込まれている外部CSSファイルの主要な要素をノートに書き出し、またサンプルHTMLを構成するタグを、クラスやIDを外して骨格だけにしてみるなどして、ようやく意味がつかめてきました。

特に、サイトの上の方に来るメインメニューの作り方と、なぜこの位置に表示されるかが疑問でしたが、メニューを作るdivが上位の階層でpositionがrelativeで定められ、メニューを作るdiv自身がposition、absoluteで定められるので、その位置に表示されることが分かりました。

具体例を示していないので、なんのこっちゃ、というところですが、とにかく、よくホームページ作成ソフト(正しくはWEB作成ツールと言ったほうがいいのかもしれません)に、このプロの作ったサンプルサイトを含めてくれたと思いました。

またホームページビルダー自身もジャストシステムに移ってから、各種便利なツールが増え、進化していると実感しました。必要とされるパソコンの能力が上がったのもありますが、おおきな液晶画面でサイトを作るのに便利になっていると思います。手元には昨年10月7日発売のホームページビルダー16の宣伝葉書がありますが、さらにこのフルCSSの自由度をあげられるようになっているそうです。

しかし、価格が確かバージョンアップでも1万円以上するのですよね。そう簡単にバージョンアップばかり繰り返せません。15から16など連続するバージョンアップの場合はもう少し安くしてもらえると助かるのですが。。。

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2012年1月25日 (水)

札幌で有馬の湯に入る

私は髪を切る場合、もっぱら入浴施設付属の床屋さんに行きます。今は、琴似の北電系の入浴施設「花ゆづき」の中にある「かみの小町」がお気に入りです。

さて、前回髪を切ってから既に1ヶ月半経ったので、今日は雪も降っていないし車も積雪で掃除が必要にならないと思い、行って来ました。

平日だったので、すぐに散髪してもらいました。ここはカルテのようなものがあり便利です。今日は、新しいメンバーが私の髪を切ったのですが、以前の何度も髪を切ってくれていた人のコメントがカルテに残っていたので、いつもとあまり変わらず切ってくれました。

さて、洗髪はお風呂で行います。

今日、お風呂場に行くと露天風呂が「有馬の湯」になっていました。数ヵ月毎に変わるようです。そしてその脇に効能や由来などが書いてありました。

このお湯の歴史は何と出雲神話の時代にさかのぼるとあります。「オオナムチ」(後のオオクニヌシノミコト)と「スクナヒコナ」の2人が発見したそうでです。そのきっかけが3羽の傷ついたカラスがそのお湯を浴びて治った様子を見て、このお湯が体にいい事に気づいたと。

今私は、梅原猛の「葬られた王朝 古代出雲神話の謎を解く」を読んでいます。その中にまさに、「オオナムチ」と「スクナヒコナ」のことも書かれています。内容は省略しますが、なにせ大和朝廷の前に、日本海側に出雲王朝や、三陸には越(コシ)という国があったという話です。多くの古代史ファンは邪馬台国の場所や、古墳時代や飛鳥時代など遺跡や古墳がかなり前から発掘されていたところにに注目していました。九州の北部と畿内です。

しかし、古事記や日本書紀、各地の風土記を読むと今の島根県や鳥取、福井県(越のあったらしい場所)などにつながる記述もあるそうです。また出雲に由来する神社も、西日本に広くあることを知りました。

有馬温泉は出雲(島根)からは遠い、神戸の北部にあります。日本の最も古い3つの温泉の一つだそうです。島根から兵庫まで活動し、各種の逸話を残しているということは中国地方全体を治めた王朝があったと考えても不思議ではありません。(梅原説もありかと)

出雲が単なる神話の場所でなく、王朝らしいものがあったことを示す遺跡も発掘されています。荒神谷(こうじんだに)遺跡や加茂岩倉遺跡です。これらの発掘が昭和59年(1984年)と平成8年(1996年)です。古代史に情熱を持ち続けた松本清張さんがなくなったのが1992年ですから荒神谷遺跡は知っていたでしょう。どんな推理をしていたか興味深いです。

それにしても大和朝廷の前に、大きな国家が山陰地方、中国地方にあったとすれば、とても興味深いです。

私の興味は、日本語の基本語彙の語源なのですが、何かそれらに関する発見があると、なお一層、日本海側の古代史にも興味がわきます。古代中国の史書に、この地方のことなどの記載があれば面白そうです。

すくなくとも今日入浴した有馬温泉の由来、「オオナムチ」と「スクナヒコナ」の名称が、どうも日本的でないと思った私は、他の古い言語(外国語)も調べてみたくなったのでした。

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2012年1月24日 (火)

ダルビッシュ、退団会見

今日、午後4時から日本ハムファイターズのダルビッシュ投手の退団会見がありました。

ダルビッシュは、数年前まではメジャー挑戦はしない、メジャーに行くくらいなら野球やめる、などと言っていたのに、どうしてテキサス・レンジャーズにゆくことになったのか。その理由をファンの誰もが知りたかったと思います。

それについて、クリアに言ったわけではないけど以下のような理由でした。

  • 日本の他のチームの人達が、ダルビッシュが投げるとお手上げだよなどと言って、挑んでくるような人がいなくなった。自分は勝負が好き。大リーグで強い打者と戦いたいと思うようになった。
  • 気持ちの上ではメジャーに行きたいという気持ちが前からあったわけではない。今もそう。むしろ、強い奴と戦うにはアメリカに行かねばならぬから行くのだと。
  • メジャーでの日本人の評価が低いという話なので、悔しく思っていた。(自分が行ってその評判を覆したい)

だいたいこのような3点だったと思います。最初の点は若干不遜に聞こえますが、そうではなく、やはりダルビッシュといい勝負になる強い打者が日本球界に、今いないという現実と見るべきでしょう。西武の中村選手や、オリックスのT-岡田選手などいい選手ですが、三振も多く、ダルビッシュに挑んでいる感じは確かにあまりありません。

日本球界では物足りない、といえばやはり、「何様」という批判も来そうですが、やはり多くの人がメジャーのパワーヒッター達と戦うダルビッシュを見たい、そう思ったのも事実です。日本に来る助っ人外国人の上に、メジャーのレギュラーの打者達がいる。彼らとの戦いこそ、見たい勝負であるのも事実でしょう。

決めたのですから6年間是非頑張って欲しい。もしコーチ、通訳、アドバイザーなどスタッフが必要なら是非雇い、野球に専念できる状況を作って望んで欲しいと思います。試合数は日本より多いし、移動も大変。言葉の問題もあります。キャッチャーとの相性も一から信頼関係を作ってゆかねばなりません。でもまだ若い。山を乗り越えて2,3年後にはアメリカで代表的なピッチャーと言われるようになることを願っています。

最後に、ずっと先、戻ってくることがあったら日本ハムに戻ってきたいと言ってくれたのは、7年間応援し続けたファンへの一番の希望になりました。がんばれダルビッシュ。

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2012年1月23日 (月)

切ない40代姉妹の死

昨日、札幌市内のマンションで40歳と42歳の姉妹がなくなっているのが発見されました。

お姉さんは死後1ヶ月、妹さんは死後1,2週間だったということです。妹さんは知的障害があり、お姉さんは仕事を探していたらしいのですが、病気で先になくなってしまった。妹さんの死因は凍死だそうです。妹さんはかなり痩せていたらしくおそらくお姉さんが亡くなってから満足に食事もとれていなかったのでしょう。

ただ、死因が凍死というのは本当に残念です。なんと、この非常に寒かった年末年始にガスも電気も止められていました。

この2人の両親や親戚のことは報道では触れられていません。しかし、日本国憲法にはいくらお金や扶養に困っていても生存権はあります。生活保護の制度もあります。お姉さんが市などに相談したかどうかは分かりません。

それでも、非常に悔しいのは、電気会社もガス会社も電気やガスを止められたことです。冬場に生命線の電気屋ガスを止められればどうなるか分かりそうなものです。仮にお金があり健康な人が住んでいて止めたのならわかります。このような困っている人の場合、止める前に市などに相談するアドバイスもできそうなものです。

マンションやアパートに入ると近所づきあいはあまりなくなるのは分かります。私も一人暮らしを10年はしていましたので。ただ、少なくとも隣やその隣ぐらいは気にかけていました。

何か行動が変わったなとか、電気が付いていないのに人がいる気配があるとか、そんなことでも気づいてあげて助けられなかったでしょうか。

私たちも、市や道も、電力会社やガス会社も、自分たちに何かできなかっただろうかじっくり考えて、このけなげな2人の40歳代姉妹の死を、無駄にしないようにしたいものです。

※追伸:

 彼女らの両親はすでに他界。親族もいなかったそうです。亡くなったときテーブルの上に4万円が置いてあったそうです。お姉さんは健康な妹をどこかの作業施設で働かせてもらえないか掛け合っていたどうですが、空きがなかったそうです。お姉さんが目の前で亡くなり、電気もガスも止められどうしていいか分からなくなった妹さんの悲しみは計り知れません。

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2012年1月22日 (日)

私の興味 日本語の起源

日本の古代史についても日本語の起源についても詳しくはありません。最近、少し書籍などで調べ始めただけです。

世の中には古代史についていくつか議論のテーマがあるようです。

  • 邪馬台国の位置はどこか?は九州か畿内か
  • 縄文人はアイヌ人か
  • 魏志倭人伝の倭国は日本を指すか朝鮮半島の一部をさすか
  • 日本語の起源はタミル語か
  • 古代において北方騎馬民族がやってきて、それが日本の基礎になったとか
  • なぜ急に古墳を作るようになったのか

それぞれ大きなテーマで、おのおののテーマ間に関連があるのも興味深いことです。

ただ、私が今一番興味あるのは、日本語の基本的な語彙、例えば「やま」「かわ」「そら」「うみ」「くさ」「はな」など、これらがどのようにして作られたか、そこに一番興味があります。

どうしてかというと、これらの単語は韓国語にも全く似てませんし、中国語にも似ていない。南太平洋の島々の言葉は知らないので何とも言えませんが、タイ語などとも系統が違う感じです。

かといってロシア語系統はどうかというと、ロシア語系統は唇のあたりであまり口を大きく開けず発音する言語なので、基本的に子音+母音で話す日本語の語彙とは違う気がします。

となると日本語は自前の言葉?などと考えると、日本は縄文時代がとても長かったことが気になります。私の読んだ本では長くて9000年以上、短くても5000年ということです。土器を自分たちの手で作っていた時代なので、何らかの言葉を話していたのは間違いありません。孔子が紀元前500年代の人ですから、弥生時代の前で日本は縄文時代です。同じ人間であれば、頭もいい人も多かったでしょう。

そう考えると、縄文時代の言葉に「やま」や「かわ」があったのか、疑問に思います。

ある説ではアイヌは縄文人の末裔とか、東北の訛りに縄文の言葉が残っているという人もいます。少なくとも北海道のラジオアイヌ語講座で流れてくるアイヌ語が日本語の祖先とは思えません。

弥生時代の人が縄文人を駆逐したと、私は最近思っていましたが、縄文式土器を使っていた人たちが、産業革命のように、新技術に触れ、弥生式土器を作り始めたという説のほうが有力だとか。(このへん詳しくはないです)

だとすると縄文時代の人の言葉と弥生時代の人の言葉の基本語彙は変わってない可能性もあるのではないかと思います。

「は」とか「が」とか「に」とか「を」など助詞は後から来た可能性もあると思います。縄文時代は、南方の言葉のように単語を並べて意味を伝えていた可能性もあるのではないでしょうか。するとやはり基本語彙の起源こそ、この国の成り立ちに結びつく歴史ではないかと、想像するわけです。

日本の古代史や日本語の起源は、多くの人を麻薬のようにひきつける恐ろしい面もあるようです。いわゆる「はまってしまう」状態になる人も多いようです。その辺、私も気をつけて、現代の知識や技術を使って、これらの基本語彙の起源を見つけられたらと、切に思う次第です。

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